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排泄介護機器の技術動向


<目次>

1. はじめに

2. 高齢化社会の現状と介護分野の課題

3. 排泄介護機器の分類

4. 圧送便器(可動式水洗トイレ)の技術的メカニズム

5. 導入における課題と技術士に求められる役割

6. おわりに




1.  はじめに

我が国は、世界でも類を見ないスピードで超高齢社会を突き進んでいる。日々のニュースや街の風景からも、高齢化の波を実感しない日は珍しくない。最新の統計によれば、日本の高齢化率はすでに28%を超え、生産年齢人口の急激な減少と高齢者の激増がもたらす「2040年問題」はすぐ目の前に迫っている。

私は機械(流体機器)に携わる技術士として、これまで様々な流体機器を配備した商品の設計開発に関わってきた。その中で近年、強く感じているのは、これまで「マンパワー」に依存してきた介護分野にこそ、我々が培ってきた工学的アプローチ(ケアテック:CareTech)を本格的に投入しなければ、日本の社会基盤そのものが維持できなくなるという危機感である。

本稿では、排泄介護機器の動向、および排泄介護ロボットとして商品開発された圧送便器(可動式水洗トイレ)の技術を一例として紹介する。そして技術士の視点から現状の課題を読み解き、今後の展望を考察してみたい。


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2. 高齢化社会の現状と介護分野の課題

 現在、日本の介護現場が直面している最大の課題は「人材の絶対的不足」である。2040年には約65万人もの介護職員が不足するという試算もあり、現役世代が減少する中で従来の介護モデルを維持することは物理的に不可能である。

 苦労すると言われる3大介護業務は「食事」「入浴」「排泄」であるが、その中でも介護職員の身体的・精神的負担が最も重く、かつ24時間オンデマンド(突発的)での対応を迫られるのが「排泄介護」である。タイミングの予測が困難であるため、夜間の定期巡回による空振りが職員の睡眠不足や疲労を招き、またベッド上での不適切な姿勢での介助が「腰痛」という職業病を引き起こす主因となっている。

 さらに、排泄は被介護者(高齢者)にとっても最もデリケートなプライバシーであり、自立した排泄ができなくなることは、著しい自尊心(尊厳)の低下を招く。したがって、この分野へのテクノロジー導入は、単なる省力化・合理化という「工場の自動化」のような視点ではなく、人間の尊厳を守るための「人間中心設計(HCD)」の視点が不可欠なのである。



3. 排泄介護機器の分類

 従来の排泄介助は、布・紙オムツの定期交換や、ポータブルトイレのバケツ洗浄といったアナログな用具を用いた人力作業が中心であった。しかし、近年のケアテックの進化により、これらのプロセスは大きく変化している。厚生労働省や経済産業省が推進するロボット技術の重点分野においても、排泄介護機器は以下のように体系的に分類されている。


• 1)排泄予測・検知システム(センシング・ICT技術):排泄のタイミングを事前に予測、または発生をリアルタイムに検知して通知するシステム。

• 2)自動排泄処理装置・可動式トイレ(流体・衛生制御技術):ベッドサイドに設置し、排泄物の自動吸引や、その場での水洗処理を可能にする装置。

• 3)移動・移乗支援機器(機構・ロボティクス技術):ベッドからトイレへの移乗や、立ち上がり動作をパワーアシストする機器。


 今回スポットを当てる圧送便器(可動式水洗トイレ)は、このうち2)の領域に属し、従来の「部屋に置くトイレ=バケツに汚物を溜めるため臭う・不衛生」という常識を、工学技術によって根底から覆したシステムである。


図1 圧送便器(可動式水洗トイレ)

出典:TOTOベッドサイドトイレ専用カタログ

 



4. 圧送便器(可動式水洗トイレ)の技術的メカニズム

 圧送便器(可動式水洗トイレ)は、部屋のレイアウトに合わせてベッドのすぐ脇に設置できる水洗式のトイレである。一般的な住宅用トイレは「重力落差」を利用して傾斜を付けた太い排水管(呼び径75〜100mm程度)で汚物を流す。

 一方、部屋のどこにでも置ける圧送便器(可動式水洗トイレ)では、柔軟性がある給排水ホースを通して汚水を流していくことになる。そのため、汚物粉砕機構、汚水圧送機構、それに加えて異臭を出さずに便器洗浄機能を維持する機構が必要となる。圧送便器(可動式水洗トイレ)では、以下のような流体機械技術を投入した。


① 粉砕圧送ユニット機構

 圧送便器(可動式水洗トイレ)の心臓部には、流入した排泄物(大便)やトイレットペーパーを微細化し、汚水と共に圧送排水する「粉砕圧送ユニット」が搭載されている。 便器洗浄工程が始まると、粉砕圧送ユニットの高速回転する樹脂製パルセータにより粉砕室内に水流が発生し、便器から流れてきた汚物やトイレットペーパーを微細に揉みほぐして溶解(スラリー化)させていく。 次に、微細化された汚物・トイレットペーパーは、粉砕室側壁のフィルターを通過したものだけが汚水と一緒に粉砕圧送ユニット下段のポンプ室に送り込まれ、強力なポンプによって、直径20mmの細い排水ホースへ押し流されていく仕組みである。

図2 粉砕圧送ユニット

② エアバッグによる便器洗浄性能維持と異臭漏気のシャットアウト

 便器洗浄が開始されると、給水タンクの排水弁が開き、一気に便器へ洗浄水が流れ込む。その後すぐさま、汚物・汚水が便器トラップを通過し、一気に粉砕圧送室に流入する。このとき、粉砕圧送室の水位が急激に上昇するため、粉砕圧送室内の圧力が大気圧より高くなると同時に、便器からの流水を抑制してしまうことになる。その結果、本来の便器洗浄能力が発揮できず、汚物残りが発生する原因となる。

図3 エアバッグ



5. 導入における課題と技術士に求められる役割

 圧送便器(可動式水洗トイレ)を含めて、排泄介護ロボットは多数開発されているが、介護現場への定着率は未だ十分とは言えない。そこには、技術士として見過ごせないいくつかの社会的・技術的障壁が存在する。


1)人間工学的課題と現場の心理的抵抗

 圧送便器(可動式水洗トイレ)の場合、いくら居室に置けるとはいえ、床を這う配管(ホース)が職員や利用者のつまづき原因(動線阻害)になるリスクがある。また、粉砕圧送装置作動時の「作動音や振動」が、夜間の同室者の睡眠を妨げないよう、さらなる低騒音・低振動設計(吸音材の配置や防振構造の最適化)が必要である。


2)初期投資コストと施工・メンテナンスのハードル

 従来のバケツ式ポータブルトイレに比べ、水洗式は本体費用に加え、壁や床への給排水立ち上げ工事(リフォーム工事)が必要となり、導入初期コスト(イニシャルコスト)が高額になる。ただ、そのイニシャルコストに対して効果が見合えば良いのだが、その投資対効果(ROI)を裏付ける定量的な情報が不足しているケースがあることは否めない。


 これらの課題に対し、我々技術士が果たすべき役割は非常に重要である。技術士は、単に高機能な製品を開発するエンジニアにとどまってはならない。現場へ安心感を与えること。そして、現場のワークフローに調和させるためのシステム構成(他の器具やロボットとの組み合わせ)をプロデュースすることが求められる。



6. おわりに

 今回事例として挙げた圧送便器(可動式水洗トイレ)の技術を工学の視点から読み解くと、それは単なる「介護負担を減らすための省力化ツール」という次元を超えている。被介護者にとっては「家族や職員にバケツを洗わせる心苦しさ・臭いの不快感」から解放され、最期まで自分らしく生きるための「尊厳の維持技術」であることが分かる。


 超高齢社会におけるケアテックの進化は、これからの日本の社会基盤を支える命綱である。流体力学、精密機械設計、電気安全工学、そしてIoTネットワークにいたるまで、総合的かつ多角的な専門知識と高い倫理観を持つ我々技術士が、開発の最前線から現場への導入・運用サポートにいたるまで積極的にコミットしていくことこそが、この巨大な国家課題を解決する鍵となると確信している。



【執筆者】

TOTO株式会社

機器商品開発部 主席技師

技術士(機械部門)

堀内 啓史

(日本技術士会九州本部/北九州)



【専門事項】

流体機器、流路設計


【資格等】

熱エネルギー管理士 電気工事士(第2種)


※本記事のご利用にあたって

本記事の内容は執筆者個人の見解に基づくものであり、日本技術士会の公式見解ではありません。また、記事の内容は執筆時点の情報に基づいています。ご利用者様自身の判断と責任において、ご活用頂くようお願いいたします。