<目次>
1.はじめに
2.水城跡の歴史的背景と防衛思想
3.水城の規模と断面構造
4.敷粗朶工法と版築工法の力学的整理
5.締固めと含水管理の視点
6.現代土木技術との接点
7.おわりに
1. はじめに
福岡県太宰府市から春日市にかけて残る水城(みずき)跡は、約1,350年前に築かれた全長約1.2kmにも及ぶ大規模な土塁構造物です。現在では住宅地や道路、鉄道に囲まれ、日常の風景の中に静かに存在していますが、我が国最古級の土木構造物の一つとして高い歴史的価値を有しています。高速道路や鉄道でこの地域を通過する際、中央に帯状に連なる林をご覧になったことがあるかもしれません。
あの緑の帯こそが、水城跡の土塁部分です(図1)。

図1 水城跡全景(太宰府・春日地域に連なる土塁の概観)
水城という名称は、土塁の外側に水を導く濠を備えていたことに由来するとされています。
単なる盛土ではなく、土と水を組み合わせた防御施設であった点が特徴です。
私は河川分野を専門とする技術士として、これまで業務の中で水城跡の保全事業に携わる機会がありました。また、2014年に福岡で開催された第41回技術士全国大会では、青年技術士交流委員会のテクニカルツアーにおいて、水城跡の現地説明を担当しました。
こうした経験を通じて感じたのは、水城跡が単なる歴史遺産ではなく、現代の土木技術にも通じる合理的な考え方に基づいて築かれた構造物であるということです。
2. 水城跡の歴史的背景と防衛思想
水城は7世紀後半、白村江の戦い後の国防強化策の一環として築かれたとされています。
当時の大宰府は外交・軍事の要衝であり、水城はその前面に築かれた防御ラインでした。
3. 水城跡の歴史的背景と防衛思想
水城の断面は極めて大規模です(図2)。

図2 水城断面模式図
上部幅は約20m、基底部では約80mに達する区間があり、高さも十数メートルに及びます。
実際に現地に立つと、その広がりと量感に圧倒されます。
基礎地盤を整え、その上に敷粗朶層を設け、さらに版築層を積み上げる構成は、明確な施工工程を持つ土木構造物であることを示しています。
1,300年以上存続しているという事実は、構造的合理性と施工管理水準の高さを物語っています。
4. 敷粗朶工法と版築工法の力学的整理
最下層に用いられた敷粗朶(しきそだ)工法は、枝葉を敷き詰める基礎改良的手法です。
軟弱地盤上で荷重を分散させ、排水を促進する効果があったと考えられます。
現代でいえば、サンドマットやジオテキスタイルによる盛土補強工法に近い発想です。
図3は、現代の盛土補強工法における荷重分散の考え方を模式的に示したものです。

図3 盛土補強工法の概念
その上に施工されたのが版築工法による締固め層です。

図4 版築工法の施工イメージ(イラスト)
出典:「特別史跡水城跡整備事業Ⅲ ― 土塁断面ひろば環境整備事業報告 ―」
福岡県教育委員会,2018
版築工法は、土質の異なる土を約10cm程度の薄層で敷き均し、突き固めながら積み上げていく施工法です。
図4に示されるように、人力による反復的な締固め作業によって、層状に強固な構造体が形成されます。

図5 水城の断面オルソ画像(層状構造の状況)
図5は、保存整備事業に伴い観察された断面をオルソ画像化したものです。
層ごとに色調や粒度が異なることが確認でき、版築による層状締固めの実態が視覚的に理解できます。
なお、細部の観察のためには拡大してご覧いただきたいと思います。
5. 締固めと含水管理の視点
現代の盛土施工では、含水比と乾燥密度の関係を締固め曲線として整理し、最適含水比付近で施工管理を行います(図6)。

図6 締固め曲線
含水比が過大でも過小でも乾燥密度は低下し、強度や沈下挙動に影響を及ぼします。
水城が築かれた時代には数値管理こそ存在しませんでしたが、版築による均一な層状締固めの痕跡を見ると、当時の施工者が経験的に最適な水分状態を見極めていた可能性が示唆されます。
6. 現代土木技術との接点
河川堤防設計では、不同沈下の抑制、せん断安定、浸透安定を総合的に検討します(図7)。堤防は単なる盛土ではなく、荷重に対する変形、すべり破壊、浸透による内部侵食など、複数の現象を同時に評価しながら設計されます。

図7 河川堤防断面と主な検討項目(せん断変形・沈下)
このような現代河川技術における検討項目と対比すると、水城の構造がいかに合理的であるかが見えてきます。
すなわち、不同沈下に対しては基礎部における荷重分散機能が、また、せん断安定に対しては層状構造によるすべり面の形成抑制が、それぞれ有効に作用していたと考えられます。
また、版築による薄層締固め構造については、大型重機を用いない当時の施工条件を踏まえれば、人力によって十分な締固め密度を確保するために、土を薄く敷き均し、こまめに突き固める必要があった結果であると考えるのが自然です。
その一方で、このような施工方法は結果として均質で安定した層構造を形成し、構造全体の安定性向上に寄与しています。
このように水城は、施工条件に応じた合理的な工法の選択により、現代土木技術において検討される主要な力学的課題に対し、結果として対応する構造を備えていた点において、極めて合理的な土木構造物であったといえます。
7. おわりに
水城跡は、歴史遺産であると同時に、土工学・施工管理・地盤改良の観点からも示唆に富む構造物です。
土を読む力、地盤を見極める感覚、工程を通じて品質を確保する姿勢は、時代を超えて技術者に求められる資質です。
水城跡は現在も各所で見学が可能であり、そのスケールや構造を実際に体感することができます。
また、「日本遺産 大宰府」のホームページでは、水城を含めた周辺の歴史遺産も紹介されていますので、興味のある方はぜひ現地を訪れてみてください。

【執筆者】
有限会社エーシーソーイング
取締役 中園 健一
技術士(建設部門)
(日本技術士会九州本部/福岡)
【専門事項】
河川/ランドスケープ
河川分野を主たる専門とし、堤防・護岸設計、河川構造物の計画・設計、維持管理業務に従事している。
あわせてランドスケープ分野にも携わり、河川景観や緑地空間の計画・設計、歴史的土木構造物と周辺環境との調和に配慮した整備に取り組んでいる。
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