<目次>
1.
はじめに
2. Q&A(全14)
1. はじめに
近年、頻発する洪水被害が全国各地で深刻な問題となっています。そこで、河川計画の専門家に現状の課題や今後の洪水リスクについて語ってもらいました。なぜ洪水が発生するのか、洪水が増加している背景には何があるのか、そして河川行政はどのような方向に進んでいくのか、私たちはどのように備えるべきか。専門的な視点からの解説と今後の対策に向けたヒントをお届けします。
Q1:専門分野と仕事内容について簡単に教えて下さい。
A1:私は建設コンサルタントとして、河川の計画や設計に携わっています。主な専門分野は、河道計画、流出解析、水理計算、内水対策、氾濫シミュレーションなどです。また、多くの人にとって河川は身近な自然空間であり、親水性の向上や自然環境の維持・保全にも力を入れています。
Q2:日本の地形条件と洪水被害の特徴について教えて下さい。
A2:日本は山が多く、河川は急流で短い特徴があります。これにより、降雨が山間部から急速に下流に流れ込むため、短時間で洪水が発生しやすいです。また、日本は台風や梅雨時期の大雨、さらには近年のゲリラ豪雨による集中降雨が頻発し、洪水リスクが高い国です。こうした地形と気候条件が重なることで、都市部を中心に頻繁に外水氾濫や内水氾濫が発生しています。
出典(1)
Q3:外水氾濫と内水氾濫の違いについて教えて下さい。
A3:外水氾濫とは、河川の増水や氾濫によって周辺の土地や住宅地が浸水する現象を指します。河川の堤防を越える水や、決壊による水流が原因です。一方、内水氾濫は、大雨が排水施設の処理能力を超えた際に発生する都市部や低地での浸水です。
出典(2)
Q4:河川計画について簡単に教えて下さい。
A4:外水氾濫対策としての河川計画では、河川が増水した際に安全に流下できるように河道の整備が行われます。これには、堤防の強化、河道の拡幅、川底の掘削、ダムや遊水地の設置などが含まれます。
こうした河川の整備にあたっては地域の方々の合意形成が必要であり、そのための取り組みの一つとして川づくりワークショップが実施されるケースがあります。私は河川技術者としてワークショップの運営やファシリテーター(様々な意見をまとめ、より良い結論に導く役割)を多くやってきました。何を作るかだけではなく、なぜ作るかを明確に説明できることも技術士に求められる資質ではないかと思います。
また、河川工事は多くの工種をできるだけ短期間で行う必要があり、工事区間は各種工事が輻輳した状態になることがあります。私はそうした工事の進捗やリスクを管理するためのプロジェクトマネジメントも多く手掛けています。
出典(3)
Q5:河川計画について、もう少し詳細に教えて下さい。たとえば、テレビ等で100年に1回の大雨というニュースを聞きますが、河川計画と関係があるのでしょうか。
A5:100年に1回など、ある年数内に起こりうる降雨の大きさを、過去の降雨データを用いて統計的に推定して表現したものを確率降雨量と呼び、河川計画に使用する降雨量となります。筑後川や遠賀川など国が管理する大河川では100年~150年に1回程度、県や市が管理する中小河川では10年~100年に1回程度の頻度で発生する確率降雨量に対応できる河川計画を策定します。
Q6:河川の川幅や深さはどのように決めるのですか。
A6:まず降雨から流量を計算します。それを流出解析と言います。流出解析では、降雨が地表を流れ、河川に流れ込む過程をモデル化しますが、その過程で土地の地形、地質、土地利用、都市化の進展状況などを考慮します。そうして算定した計画流量に基づき、現状の河道がその水量を流下できるかどうかを評価します。流下能力が不足している場合、河川の拡幅や掘削が必要になります。これらの工事の規模は、水理計算を用いて河川の断面積や流速を調整し、安全に流下できる容量を確保するように決定されます。また、環境への配慮やコストも考慮しながら最適な計画を策定します。
Q7:近年問題になっている内水被害やバックウォーター現象について教えて下さい。
A7:内水被害は、大雨によって排水施設が対応できないほどの雨水が都市部にたまり、浸水を引き起こす現象です。比較的大規模な河川の整備は進んでいますが、その河川の水位が上昇するとそこに合流する中小河川や水路が排水できなくなり、降った雨の行先がなくなることで低地が浸水します。道路側溝やマンホールから水が噴き出すのも内水氾濫の一つと言えます。令和元年の多摩川水害では、台風19号に伴う大雨で、内水被害が発生しました。さらに、この時の多摩川ではバックウォーター現象も発生しました。バックウォーター現象は、下流部での増水や堤防によって水が流れにくくなり、上流に水が逆流する現象です。これにより、予想以上の浸水が上流で発生し、被害が拡大しました。
Q8:内水被害を防ぐためにはどのような対策が必要ですか?
A8:内水被害を防ぐためには、雨水排水施設の強化が重要です。具体的には、支川への逆流を防止する水門と排水ポンプの整備、雨水貯留施設の設置、排水路の拡充が必要です。また、都市部ではアスファルトやコンクリートに覆われた地表が多いため、雨水の浸透を促進する取り組みも効果的です。これには、雨水を地中に浸透させる公園や緑地の設置が含まれます。さらに、適切な排水路管理や住民の防災意識の向上も必要です。
出典(4)
Q9:最近の気候変動に伴い、洪水災害にも変化が生じていますか?
A9:気候変動の影響で、洪水災害はより頻繁かつ規模が大きくなっています。特に、集中豪雨やゲリラ豪雨の頻度が増加しており、従来の治水計画では対応できないケースも出てきています。さらに、海面上昇によって沿岸部での高潮被害も懸念されています。このような状況を踏まえ、河川計画ではより厳しい気象条件を想定した対策が必要となっています。
出典(5)
Q10:洪水災害対策の一つであるソフト対策とはどのようなものですか?
A10:ソフト対策とは、ハードなインフラ整備だけでなく、地域住民や企業が洪水に備えるためのソフト面での対策を指します。具体的には、防災教育や避難訓練の実施、ハザードマップの活用、警報システムの整備等が挙げられます。私の業務でも近年はハザードマップの基礎となる浸水シミュレーション実施が増えています。
出典(6)
Q11:浸水シミュレーションはどのように行うのですか?
A11:浸水シミュレーションは、コンピュータモデルを用いて、仮想的な大雨や洪水が発生した場合に、どの場所でどの程度の浸水が起こるかをシミュレートします。シミュレーションの手順は、まず降雨量や河川の流量をモデル化し、次に土地の高度データや河川の断面図などを基に、実際に水がどのように移動するかを再現します。私は、データ収集・分析等にGISを活用していますが、GISは土木分野と非常に相性が良く、今後もGIS活用の新たな可能性を積極的に探っていきたいと思っています。
※地理情報システム(GIS:Geographic Information System)は、地理的位置を手がかりに、位置に関する情報を持ったデータ(空間データ)を総合的に管理・加工し、視覚的に表示し、高度な分析や迅速な判断を可能にする技術。
Q12:今後、洪水リスクが増加する可能性が高いと言われていますが、私たちは何に気を付けるべきですか?
A12:洪水リスクが増加している中で、私たちはまず、常に最新の情報を把握し、ハザードマップを確認して自宅や職場がどのようなリスクにさらされているかを知ることが大切です。さらに、避難場所や避難経路を事前に確認し、いざという時に迅速に避難できるよう準備しておくことが重要です。また、地域の防災訓練に参加し、洪水時の行動計画を周囲と共有することもリスク軽減につながります。日本技術士会九州本部では、小学生への防災教育も行っています。
出典(7)
Q13:BCP(事業継続計画)とは何ですか?なぜ企業にとって重要なのですか?
A13:BCP(Business Continuity Plan)は、災害や緊急事態が発生した際にも、企業が重要な業務を中断することなく、または迅速に再開できるようにするための計画です。東日本大震災の際に注目されました。洪水被害だけでなく、地震やサイバー攻撃などのリスクが企業活動に与える影響を最小限に抑えるため、BCPの策定は非常に重要です。BCPに関心がある方は、日本技術士会九州支部の技術相談窓口にご連絡いただければ、より詳細な内容をお話しいたします。
出典(8)
Q14:気候変動リスクが高まる中で、今後の河川計画はどのようになっていくと思いますか?
A14:気候変動に伴い、今後の河川計画はより大規模な洪水に備えたものとなるでしょう。国土交通省は気候変動を考慮し、流量が従来よりも増大することを前提にした計画を策定しています。
出典(9)
また、河川の流域のあらゆる関係者が協働して流域全体で行う治水対策、「流域治水」への転換も検討されています。これにより、河川の拡幅や堤防の強化、さらには新たな治水施設の建設が進められています。また、ソフト対策も強化され、予警報システムの改善や、地域住民との連携が一層重要視されるでしょう。気候変動の影響を見据えた長期的な視点で、持続可能な河川管理が求められています。
出典(10)
図表出典一覧
【執筆者】
株式会社セルコン
代表 山田 伸雄
技術士(建設)
(日本技術士会九州本部/福岡)
【専門事項】
建設コンサルタントとして、河川の計画や設計に従事している。主な専門分野は、河道計画、多自然川づくり計画、流出解析、水理計算、内水対策、氾濫シミュレーション等である。また地域防災計画や防災タイムライン作成、BCP策定等の防災計画の立案・策定にも携わっている。
※本記事のご利用にあたって
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